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トロントロンの由来名貫川と小丸川に挟まれた川南の古くからの人々は、自然崇拝と神仏の信仰を生活の基にして慎ましい生活を送っていた。川南のほぼ真ん中に位置する新茶屋、清瀬、小池、湯牟田には、尾鈴山系や上面木からの豊かな伏流水による湧き水が至る所にあり、この地にも湧水が集まって小さな流れや高低差による小さな滝もあって、辺りに水音が木霊していた。現在の道路は豊後街道と呼ばれ、中世以降の日向の主要道路であった。この街道筋には高鍋秋月藩の指示で、寛政2、3年(1790)松の植林がされたが、それ以前から川南の各地には杉、松、楠などの木々が点々と立っていた。 この地は高森仏坂、垂門、祝子塚、小池、唐瀬からのダラダラ坂を上りつめた道の交わる所にあり、人々は畑仕事や薪取り、都農一の宮や尾鈴、甘漬、白鬚、平田の神参りの途中ここに憩い、美々津の港に薪炭や米麦を運搬した荷車も、馬の憩いの場としたと考えられ、松や楠の大木が風を受ける音や水音に癒された。人々は待ち合いの場所を水音のある所として指定し合ったのだと考えられる。本来地名は長い年月をかけて醸し出されるものであり、トロントロンの文字表記の始まりは定かではないが、数百年をかけて川南郷の古くからの人々の豊かな感性により水音が慣用音として認知されトロントロンの地名として今日に至ったものと考えられる。他にも幾つかの説がある。 |
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