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(諸塚の山並み) (諸塚町商店街) (諸塚山)
 【諸塚村の沿革】
 諸塚村は九州の屋根といわれる九州山脈の中に位置し、諸塚山を中心とする標高1,000m級の山岳に囲まれた人口2,300人余の自然豊かな村です。村の95%を山林が占める、この豊富な森林資源を生かした木材、椎茸の産地として知られています。特に椎茸は、江戸時代初期にこの地方を所領した有馬藩の記録「国乗遺聞」に椎茸が上納された記録があるように300年以上前から栽培が行われ、全国品評会で農林水産大臣賞を受賞するなど、日本でも有数の生産量と品質を誇っています。
 諸塚村は明治22年5月1日に七ツ山村と家代村が合併して諸塚村となりましたが、その名称は古来より霊山として住民の尊崇を集めていた諸塚山に由来しています。
(山頂から見た諸塚)
 【百万円道路】
 村の発展に大きな転換期が訪れたのが、昭和7年の通称「百万円道路」(現国道327号線)の開通です。耳川に沿って村内を横断するこの道路の開通により、村の交通事情は一変しました。
 当時の耳川は、舟輸送には利用されていましたが、峡谷で巨岩に囲まれていたため、川に沿って道を開くことも出来ず、人々の往来は比較的平坦な山頂の稜線を辿るしかなく、集落も山間地に形成されていました。 しかし、比較的平坦とはいえ、山岳が重畳し、急峻な地形で道幅も狭く、集落までの物資の輸送も人肩、馬背による運搬しか方法がなかったため、明治初期の頃までは村内に店舗を構えて商売をする者はほとんどなく、商取引の多くは、村内外の行商人に頼っていたようです。
 「百万円道路」は、大正8年から椎葉村に造林を行い、耳川の水利使用権も取得していた関西の大財閥住友吉左衛門氏が、林産物の輸送と水力発電所建設のために作った道路で、総工費が当時のお金で百万円だったことから「百万円道路」と呼ばれています。
 【商店街近代化事業】
 「百万円道路」が国道に昇格する頃には、バスの運行に支障が出るほど交通量が激増したため、昭和50年度から道路拡幅工事が開始されることになりましたが、元来土地の少ない本村では、道路拡幅により沿線の貴重な商業地が消滅する恐れもあったため、国、県と検討を重ねた結果、支障家屋は一旦解体移転をした上で改良工事を行い、道路幅と別に川岸から擁壁を築き上げて作った7mの道路残地に、奥行き約6mの範囲で商店街の再構築を行うこととなりました。
 商工会ではこれを新しい街づくりの契機として捉え、金銭的な負担についても検討を重ねた結果、近代化事業として街づくりに取り組むこととし、昭和53年9月にその実施主体である諸塚商工業協同組合(設立当時の出資金430万円、組合員数43人)を設立、昭和54年4月から高度化資金を含めた商店街近代化事業に取り組みました。
 山と渓谷に挟まれた過疎の村に「映画のオープンセットのような」と形容された商店街が完成し、当時のテレビ番組でも紹介されるなど、全国の注目を集めました。 その後、諸塚商工業協同組合では、平成7年に街路灯、平成10年に立体駐車場を整備しました。
 諸塚村は「百万円道路」によって村の発展が始まり、商店街近代化事業によって街づくりが実現したといえます。
 お問合せ
  Info:諸塚村商工会 
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