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大太鼓踊
うでこおどり
昭和50年3月20日 市指定無形文化財
伝承地 安久町正応寺
毎年、8月7日地区の正応寺跡にある宥政上人の墓と、興玉神社に奉納する踊りである。
由来は、宥政上人がそれまでの天台宗を改め真言宗とした際にはじまるという。また古記録によれば、「7月14日に花供踊有」と見え、古い歴史を思わせる。
踊りは、青壮年が主体となり、藺笠を冠りあごを水色の布で隠し、白上衣に白股引きを着け、紫の帯を締めた鉦2人と鼓1人、同じ扮装で腰に刀を帯びる中入組10人と、背に5本の弓旗を負う太鼓組12人で構成し、「琉球節」「浜節」などの小唄をうたい、鉦・鼓・中入組を内輪に太鼓組が外輪となり、8種目の演目を踊る。この大太鼓踊りは、七夕踊り・盆踊りである。

正応寺の大太鼓踊の詳細
鳥集忠男・片山謙二共著「都城の民俗芸能」(都城市 昭和56年)より

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