伊集院源次郎忠真の墓

町2-1:
町指定 昭和56年9月18日
件 名:
伊集院源次郎忠真の墓
所在地:
東麓夜川松
 年代 慶長七年(1602)
 薩摩藩の帖佐の城主、伊集院源次郎忠真(たださね)は、主君島津忠恒(ただつね)に対してさきに庄内の乱をおこし、降服後もたびたび謀叛の心があるとの理由で、忠恒が上方へ上洛の途上、野尻に於いて殺害された。
 その後野尻では大火がつづき厄難が後をたたなかった。これはきっと悲業の死をとげた忠真の怨霊の祟りであろうと恐れて、五輪塔の墓を建てた弔った。この時以来400年続く弔踊りは現在までつづいている。