お雪さん盃流し


今から約600余年前、都城主北郷資忠公が家臣を引き連れ関之尾潅で月見の宴をほりました。一行は甌穴の流れと名月に酔い宴も佳境となった時、庄内一の美女と評判であったお雪は緊張の余りに粗相の音を漏らじてしまいました。その行為をなじられたお雪は、それを苦に殿様の御紋入りの朱盃を胸に滝壷に身投げしで果てました。伝統のお雪さん盃流しはその悲業を偲ぶ供養の祭りです。

荘内商工会, 1999, 2001