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山久院跡 (都城初代領主の墓所) 市指定文化財



▲資忠夫妻の墓
 都城島津家初代領主北郷尾張守資忠(ほんごうおわりのかみすけただ)の菩提寺跡です。
 資忠は鹿児島島津家第四代忠宗の六男で、時の将軍足利尊氏の元で南朝軍と戦い、戦功により北郷300町を賞与されました。
 文和元年(1352)12月、資忠は家来と共に山田町古江に入部し館を構えますが、地名をとって「北郷(ほんごう)氏」を名乗りました。(十七代忠長の時に島津姓に復します)
 資忠の死亡年は不明ですが法名は山久院殿月窓道明居士(さんきゅういんでんがっそうどうみょうこじ)、薩摩迫(古江)に葬られました。
 その後(年代不明)墓は庄内の現在地に移され菩提寺が建立されて山久院と称しました。
 今は豊幡神社境内の脇に苔むした資忠夫妻の墓のみがひっそりと佇んでいます。

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荘内商工会, 1999, 2001